オーストラリアの囚人たち 2
エマンシピストの大部分は労働者か、小さな商店の店員として働き、勤勉でさえあればつつましやかな暮らしを送るための物には事欠きません。
しかし、刑期を終えてしまうと、そこにはあらゆる誘惑の手が、手ぐすねひいて待ち受けています。
悪習から抜け出すことのできない者も多勢いて、ずるずると悪の道に引き込まれ、堕落し、遊蓬ふける様になりました。
おびただしい数にのぼる植民地の犯罪の多くは、エマンシピストによる犯罪です。
エマンシピストや、仮出獄許可襲手にした者の中には、牛泥棒、盗品買取り人、無許可営業の酒屋の店員、不法居住者といった連中がごろごろしていました。
その犯罪の質と程度について、証人達は口をそろえて、強い口調で言及しています。
バンディーメンズランドでは、刑期を終えた者、エマンシピストの総数はおそらく3、000人を越えてはいません。
ジョージ・アーサー卿は彼らをして、植民地で最も厭うべき人間であると、酷評しています。
服役を終えた囚人達の多くはひっそりとした暮らしを送り、大方の者は大変孤独でした。
その上、男子囚人の数は、女囚の数をはるかに上まわっていたため、結婚相手をみつけることができた者は、ほんの一握りにしかすぎなかったのです。
大半は社会の底辺に散り、働き口さえあればどんな仕事にでも飛びつきました。
それらは、ほとんどが一獲千金をねらってやって来た入植者には見向きもされない、未開墾地での仕事でした。
年老いて、孤独な人を待ち受けていたのは、政府の収容所のみだったのです。