作物を生んだ風土 2
このような微小粒の穀物ではありますが・・・
収穫後の枯れた植物体は、イネ、ムギに比べてより柔らかく飼料としての役割を果たすことができました。
仰紹期には、半披や廟底溝の遺跡からブタの骨が出土していますが、これらのブタは家畜として考えられています。
仰紹時代をすぎて、次の竜山時代になると、黄河の中下流一帯にはウシやヒツジが家畜として加わり、ときには、ウマやニワトリもいたりします。
現在の野生イネの分布からは、この華北の地に野生イネが生えていたとは考えられません。
ただし、今日の自然の植生が、約6000年前にも同様に変わらなかったとしてです。
1921年、河南省縄池県仰紹での発掘で、スウェーデンの地質学者アンダーソン博士はイネ籾殻の圧痕を発見しました。
このイネについては、さらにスウェーデンの2人の学者エドマンとゼーデルベルグ両氏によって、イネであることが確認されました。
では、そのイネはこの北方の地、河南ですでに栽培されていたイネか、他の地から食料として持ち込まれたのではないかといろいろな論議をよびました。